私は、自分には2面性があると思っている。

1つの自分は、平和主義者で、真面目に生きて、きちんと毎日の生活をこなして、普通に暮らしていたいと思う自分。

もう1人の自分は、投げやりで、自暴自棄で、何もかもに冷めてしまう。

人のことも信用しない。
感情もなくす。
どん底に落ちても、もうどうでもいいと思ってしまう。

普段の私は、前者が基本。

でも、何かをきっかけに、後者の自分が出てくる。

そして、この2人の自分は、幼少期の頃からずっと私の中にいるような気がする。

両親との問題。
家族との向き合い方。
恋愛。
そして、現在は子育て。

いろんな場面で、この「もう1人の自分」が顔を出す。

私は、白の中に黒があることが苦手

分かりやすく言うと、私は基本的に「白」が好きな人間だと思う。

その白の中に、黒やグレーが混じっていることが嫌い。

白いものは白いままであってほしい。

そこに黒い点が1つでも入ると、ものすごく気になってしまう。

「これは本当に大丈夫なのか」
「このまま黒が広がっていかないか」
「どうしてこうなったんだろう」

そんなふうに、不安になる。

人よりも「普通」を求めて生きてきたのも、たぶん同じ理由なんだと思う。

普通に家族がいて、
普通に毎日を過ごして、
普通に人と信頼関係を築いて、
普通に幸せになる。

そういう「白い人生」が、私の中ではずっと理想だった。

だからこそ、その中に黒いものが入ってくると、私はすごく弱い。

本当は、頑固な性格

私は元々、かなり頑固な性格だと思う。

自分の中に「こうしたい」というものがある。

だけど、それを貫くことで何かを失ったり、誰かの期待を裏切ったり、人から悪く思われたりすることになると、途端に自分の意見を曲げてしまうことがある。

「こうしたほうがいいのかな」
「こっちのほうが普通なのかな」
「周りから見たらどうなんだろう」

そうやって、自分の気持ちよりも他人の評価を優先してしまう。

それを繰り返していると、当然しんどくなる。

本当は嫌なのに我慢する。

本当は違うと思っているのに合わせる。

本当は怒っているのに、怒っていないふりをする。

そうやって自分の中に溜めていく。

そして、あるところまで来ると、もう1人の自分が出てくる。

「もうどうでもいい」

「好きにすればいい」

「誰にどう思われてもいい」

「別に1人でいい」

そうなる。

攻撃されると、素直になれない

私は、誰かから強く否定されたり、攻撃されたりすると、素直になれないところがある。

本当は傷ついている。

本当は寂しい。

本当は「やめてほしい」と思っている。

本当は「そばにいてほしい」と思っていることだってある。

でも、それを素直に言えない。

むしろ逆になる。

相手が「もうしなくていいよ」と言ったり、自分を突き放すような行動を取ったりすると、

「じゃあ、もういい」

「私も別に必要としてない」

「こっちから離れればいい」

そう思って、自分から距離を取ってしまう。

傷つきたくないから。

これ以上、自分を否定されたくないから。

相手に「必要とされていない」と感じるくらいなら、自分から「必要としていない側」に回ってしまう。
必要とされることでしか自分の価値を測れなかった、あの頃の話も書いています。 必要とされることでしか、自分の価値を測れなかった

そのほうが、まだ自分を守れるから。

素直になれないのは、強いからではない

昔は、こういう自分を「冷たい人間なんだ」と思っていた。

でも、今は少し違う気がしている。

本当は、冷たいわけじゃない。

むしろ、傷つきやすいからこそ、冷たくなる。

誰かに否定されたときに、

「私は悲しい」
「私は傷ついた」
「本当は仲直りしたい」

と言えればいい。

でも、それができない。

だから感情を切る。

期待することをやめる。

信用することをやめる。

そして、自分から離れる。

「1人のほうが楽」

そう思うようになる。

他者の意見や評価に左右され続けるくらいなら、最初から誰とも深く関わらないほうがいい。

そんなふうに思ってしまう。

「もうどうでもいい」は、本当にどうでもいいわけじゃない

自暴自棄になっているときの私は、何もかもどうでもよくなる。

どん底に落ちてもいい。

嫌われてもいい。

誰にも理解されなくてもいい。

そんなふうに思う。

でも、たぶん本当は「どうでもいい」わけじゃない。

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どうでもよくなりたいだけなんだと思う。

期待して傷つくくらいなら、期待しなければいい。

信じて裏切られるくらいなら、最初から信じなければいい。

大切にして、大切にされなかったときに傷つくくらいなら、何も大切にしなければいい。

そうやって、傷つかない場所まで自分を持っていく。

私の中にある「黒」は、私を壊すためだけに出てくるものではなくて、たぶん私を守るために身についたものなんだと思う。

白だけで生きることは、難しい

私はずっと、白い人生を求めていた。

間違いのない人生。

人から嫌われない人生。

普通の人生。

ちゃんとしている人生。

でも、たぶん人生には、黒もグレーも入ってくる。

どれだけ真面目に生きていても、傷つくことはある。

大切な人と分かり合えないこともある。

自分が正しいと思っていたことが、相手にとっては違うこともある。

誰かから期待されることもあれば、その期待に応えられないこともある。

そして、自分自身だって、いつも白でいられるわけじゃない。

間違えることもあるし、逃げたくなることもある。

投げ出したくなることもある。

だから最近は、白の中に黒やグレーがあることを、以前ほど嫌わなくてもいいのかもしれないと思うようになった。

「普通」に合わせるより、自分を知る

私は、人からの評価で自分の意見を曲げてしまうことがある。

だけど、その結果、自分の中に溜まっていったものが、ある日突然「もうどうでもいい」という形で出てくる。

それなら、最初から自分の気持ちを無視しないほうがいい。

嫌なら嫌。

傷ついたなら傷ついた。

寂しいなら寂しい。

助けてほしいなら、助けてほしい。

そう言えたほうが、本当はずっと楽なのかもしれない。

私はまだ、それが得意じゃない。

攻撃されると、素直になれない。

突き放されると、自分から離れたくなる。

誰かに評価され続けるくらいなら、1人になりたいと思うこともある。

でも、それも含めて自分なんだと思う。

「こんな自分はダメ」と否定するのではなく、

「私は傷つくと、こういう反応をする人間なんだ」

と知っておく。

それだけでも、少し違う。

私の中には、平和に生きたい白い自分と、全部壊してしまいたくなる黒い自分がいる。

どちらかを消すのではなく、

白も黒も、どちらも自分。

そのうえで、黒に人生を乗っ取られないように、自分で自分を理解していく。

たぶん今の私に必要なのは、完璧に白く生きることではなく、

黒やグレーが混じった自分も含めて、

「これも私なんだ」と受け入れていくことなんだと思う。

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グル子

このサイトのメインライター。失敗談から日常のことまで、思いついたことを気ままに書いています。ゆるく更新しているので、気軽にのぞいてもらえたらうれしいです。

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