私の母は何度もいなくなった
私の両親は、私が3歳の頃に離婚をしています。
離婚の理由は父の浮気でした。
ここまでは、よくある話かもしれません。
しかし、その後父の浮気をきっかけに母が薬物依存になったことで、我が家は少しずつ崩れていきました。
私の記憶に残る母は、二つの顔を持っていました。
明るくて愛情深い母。
そして、狂ったように怒り、薬が抜けると一日中眠り続ける母。
さらに、私たちを置いて出て行く母でした。
迎えに来ない母
両親は離婚していましたが、母は何度か家へ戻ってきた時期がありました。
朝、保育園へ送ってくれた母。
その日は何も変わらない一日になると思っていました。
けれど夕方になっても、夜になっても誰も迎えに来ません。
最終的には祖父母や叔母が慌てて迎えに来る。
そんなことが何度もありました。
知らない男性の車に母と一緒に乗ってドライブをしたこともあります。
そして家の前で降ろされ、
「あんたらは待っときな」
そう言われて、夜の暗い家の前に置いていかれたこともありました。
兄が押し入れに閉じ込められることもありました。
当時の写真を見ると、幼いながらに色々なものを抱えていたのだと思います。
保育園の頃の私は笑顔が少なく、髪もボサボサでした。
今見ると少し笑ってしまいますが、それが当時の現実でした。
それでも母が大好きだった
よく、
「どんな母親でも子供にとっては特別な存在」
と言われます。
私は、それは本当だと思っています。
帰ってきてほしいと泣きながらお願いしても、
母は
「私には無理」
と言って出て行きました。
何度も出て行っては戻ってくる。
私は、そのたびに信じました。
もういなくならないよね?
今度こそ一緒にいられるよね?
そう聞いて、
「大丈夫」
と言う母を信じました。
また出ていくなんて考えもしませんでした。
信じたい気持ちの方がずっと大きかったのです。
捨てられたとは思っていない
最後に母が戻ってきていた時期のことを覚えています。
小学生になった兄の宿題を見る母。
ママ友と楽しそうに話す母。
その姿を見ながら、
もう大丈夫だと思っていました。
もういなくならない。
そう信じていました。
けれど、ある日。
夜中に目を覚ますと、隣で寝ていたはずの母はいませんでした。
また母はいなくなっていました。
それでも私は母を嫌いになれませんでした。
今こうして文章を書いていても、
「裏切られた」
という言葉は出てきません。
「捨てられた」
という感覚もありません。
確かに母は私たちを置いて出て行きました。
でも、不思議と捨てられたとは思わないのです。
母親になった今思うこと
今では私も母親になりました。
だからこそ、母を理解できない部分もあります。
どうして子供を置いて行けたのだろう。
どうして戻ってこなかったのだろう。
そう思うこともあります。
それでも、
「母のせいで人生が狂った」
と思ったことはありません。
むしろ、あの経験があったからこそ生まれた考え方や、人への思いがあります。
私は今の自分のそういう部分が好きです。
もちろん、影響がなかったわけではありません。
たくさんの人に優しくしてもらっても満たされない。
愛情を受け取ることが苦手。
優しくされると戸惑ってしまう。
そんな部分は今も残っています。
幼少期の経験は、大人になっても消えないのだと思います。
親になってから、「家庭環境は本当に繰り返されるのか」と向き合ったことについても書いています。 家庭環境は繰り返されるのか
母親よりも凄いもの
私は子育てをする中で、一つ気付いたことがあります。
それは、
母親の愛情が凄いのではなく、
子供の愛情が凄いということです。
子供は無条件に親を愛します。
何度傷付いても。
何度悲しい思いをしても。
信じ続けようとします。
私自身がそうでした。
そして今、自分の子供たちを見ていてもそう思います。
私は自分の子供と出会って初めて、
「愛される」という感覚を知りました。
母を愛し続けた幼い頃の私。
そして今、私を愛してくれる子供たち。
その両方を経験したからこそ思います。
子供の愛情は、大人が思っている以上に深くて強い。
だからこそ、その愛情を当たり前だと思わず、大切にしなければいけないのだと思います。