私は昔、人の顔色をかなり気にしていた。
これを言ったら嫌われるかな。
断ったらどう思われるかな。
帰ったら感じ悪いかな。
そんなことを考えて、自分が本当はしたくないことでも「いいよ」と言ってしまう。
その場では、それが一番楽だったから。
断って気まずくなるより、自分が我慢したほうが早い。
そう思っていた。
でも、あとから考えると、それは「優しさ」だけではなかったと思う。
自分の気持ちを誰かに話したいと思ったとき、公認心理師に相談できるオンラインカウンセリングが助けになることもある。
公認心理師(国家資格)のみが登録!オンライン心理カウンセリング【Kimochi】
詳細を見る嫌われたくなかっただけなのかもしれない。
相手に嫌な顔をされたくなかった。
面倒な空気になりたくなかった。
だから、自分が我慢していた。
「正しい優しさ」って、誰が決めるんだろう、と考えたことがある。
「正しい優しさ」って、誰が決めるんだろう
でも、それを繰り返していると、少しずつ自分の気持ちが分からなくなる。
「私はどうしたい?」
と聞かれても、
「別にどっちでもいい」
になってしまう。
本当は、どっちでもいいわけじゃないのに。
最近は、何かを頼まれたときに、すぐ返事をしないようにしている。
「ちょっと考えるね」
と言って、一度自分に聞く。
本当にやりたい?
できる?
やったあと、自分は納得できる?
それで「やる」と決めたならやる。
でも、「嫌だけど嫌われたくないからやる」なら、一度考える。
人に嫌われない人生なんて、たぶん無理だ。
どれだけ気を遣っても、合わない人はいる。
どれだけ優しくしても、勝手に悪く受け取る人もいる。
だったら、全員に嫌われないことを目標にするより、自分が納得できる選択を増やしたほうがいい。
最近は、そんなふうに思う。
人生は正解を選ぶことより、自分の選択を正解にしていくことだと気づいた話も書いている。
人生は正解を選ぶことより自分の選択を正解にしていくこと
新着記事をいち早くチェックしませんか?
新着記事のお知らせはもちろん、おすすめ記事の紹介や、著者・カテゴリー別の検索もLINEで。ここだけのちょっとした話も、こっそりお届けします。
LINEで更新通知を受け取る