優しさの基準って、人によって違うと思う。
そして、「正しい」の基準も、人によって違う。
だから私は、ときどき人間の「正しさ」や「正義」に、ものすごく違和感を感じることがある。
「それは愛じゃない」と、簡単に言えるのか
私の知人に、困ったときにだけ母親を頼る子がいた。
その「困ったとき」というのは、ほとんどがお金だった。
その子の母親は、何度もその子を信じてきた。
少しでも良い生活を送ってほしい。
まともに、落ち着いて生きてほしい。
そんなふうに願っていた。
何度も裏切られて、もう疲れてしまったとも言っていた。
それでも、やっぱり母親だからなのか、子供は可愛いのだと思う。
頼られれば、お金を渡してしまう。
そんな母親だった。
それを見ていた周りからは、
「それは愛じゃない」
「優しさじゃない」
「そんなことをしていたら、この子は一生変わらない」
いろんな意見が出ていた。
たしかに、「普通の正しさ」に当てはめれば、その意見は間違っていないのかもしれない。
困ったら母親がお金を出してくれる。
そういう環境にいれば、
「また困ったら誰かが助けてくれる」
という甘えがなくならない可能性もある。
あえて助けなければ、本当に困る。
自分でなんとかするしかなくなる。
そこで初めて、自分の浪費癖や甘さに気づいて、変わることができるかもしれない。
「本人のためにならないことは、正しい優しさではない」
「ときには突き放すことも必要」
そういう意見があることも分かる。
私も、それ自体を間違いだとは思わない。
でも、こういう場面を見るたびに、私は思う。
なぜ、与えた側が責められるんだろう。
「与える」と「対等」の関係について、こちらも読んでみてください。
「与えない人ほど、欲しがる」人間関係の中で大切にしたい「対等」ということ
与えることが、必ずしも正解ではない
もちろん、お金を渡すだけでは根本的な解決にはならない。
そこは私もそう思う。
お金が足りないからお金を渡す。
また足りなくなったら渡す。
また困ったら助ける。
これを繰り返しているだけでは、何も変わらない。
でも、それなら私は、
「だから放っておけばいい」
「関わらないのが一番」
とは思わない。
私だったら、
お金の増やし方を教える。
お金の使い方を一緒に見直す。
なぜ浪費してしまうのか、その原因を考える。
どうすれば自分で生活できるようになるのかを一緒に考える。
そうやって、根本の部分を少しずつ変えていくことが、一番の近道なんじゃないかと思う。
助けることと、甘やかすことは同じではない。
お金を渡すことと、その人の人生を支えることも同じではない。
だから私は、「助けるな」ではなく、
「助け方を考えたらいいんじゃないか」
と思ってしまう。
世の中は「間違った人」を切るのが早い
世の中では、
「そんな人、放っておきなよ」
「関わらないほうがいいよ」
「本人が痛い目を見ないと分からない」
という言葉をよく聞く。
たしかに、自分を守るために距離を取ることは必要な場合もある。
誰かを助けることで、自分まで壊れてしまうなら、それは考えなければいけない。
でも私は、どうしても気になる。
その「間違った人」は、最初からそうだったんだろうか。
その人は、本当に誰からも手を差し伸べられなくても、自分一人で変われたんだろうか。
人間は、そんなに簡単に変われるものなんだろうか。
私は、そうは思わない。
私自身も「切られなかった側」だった
私は、このブログのタイトル通り、逮捕され、手錠をかけられた経験がある。
当時は未成年だったので、法律上は前歴という形になる。
今の私だけを見れば、
「普通に生活している人」
に見えるかもしれない。
仕事をして、子供のことを考えて、毎日を過ごしている。
でも、ここまで来るまでに、私はかなり遠回りをしてきた。
何度も失敗した。
14歳で道を踏み外した私の話は、こちらに書いています。
前科持ちママの今。14歳で道を踏み外した私が、今はWeb制作を仕事にしている
人を傷つけたこともある。
周りを困らせたこともある。
自分自身でも、「どうしてあの頃の私はあんなことをしていたんだろう」と思うことがある。
それでも、今の私があるのは、
何度裏切っても、諦めずに接してくれた人がいたからだと思っている。
一度失敗したから切られた。
一度間違えたから見放された。
「あなたはもうダメな人間だから」と、誰かに決めつけられていたら。
今の私は、たぶんいない。
もちろん、私自身が変わろうと思ったから変わった。
人のせいにしているわけでもない。
変わることを選んだのは自分自身。
でも、その「変わろう」と思えるところまで、関わり続けてくれた人がいたことも事実だ。
人は、自分一人の力だけで変わるわけじゃない。
誰かの言葉だったり、誰かの存在だったり、誰かが諦めずに関わってくれたことだったり。
そういうものが、変わるきっかけになることもある。
時間が経つと、過去を美化してしまう
ただ、年数が経つと、自分のダメだった時期の過去を美化してしまうこともある。
「あの頃の自分も、そんなに悪くなかった」
「仕方なかった」
「周りが悪かった」
そんなふうに思いたくなる瞬間もある。
でも、私は自分の過去を全部美化したくはない。
私は、たしかにダメだった。
たくさん失敗した。
たくさん遠回りした。
そして今だって、まだまだ失敗だらけだ。
「まともに生活したい」
「普通に暮らしたい」
そう思って必死に生きてきて、今の自分がある。
でも、だからといって私は完成した人間ではない。
人から見れば、まだまだな人間だと思う。
自分でもそう思う。
だからこそ、私は「間違った人」を簡単に切ることができない。
今回、自分自身に問いかけたこと
今回、私は身近な人から暴力を受けた。
そのことで、改めて自分自身に問いかけた。
私は、なぜここまで人を助けようとするんだろう。
なぜ、何度も失敗する人を見ても、簡単に見捨てられないんだろう。
たぶん、私は自分の過去を知っているからだと思う。
自分だって、何度も間違えた。
自分だって、何度も誰かを裏切った。
自分だって、すぐに変わったわけじゃない。
変わるまでに、たくさん遠回りをした。
だから、
「この人はもうダメ」
と簡単に言えない。
その人にも、変わる可能性があるんじゃないかと思ってしまう。
自分がそうだったから。
もちろん、それと「何をされても我慢すること」は別の話だ。
誰かを助けるために、自分が傷つき続ける必要はない。
誰かの人生を変える責任を、自分一人で背負う必要もない。
それは、今回改めて考えさせられた。
「助ける」と「背負う」は違う
私は、人を助けること自体が悪いとは思わない。
でも、
助けることと、背負うことは違う。
手を差し伸べることと、その人の人生を代わりに生きることも違う。
その人が立ち上がるために手を貸すことと、その人が何度倒れても自分が全部抱えることも違う。
ここを、私はこれまで上手く分けられていなかったのかもしれない。
「自分がなんとかしてあげなきゃ」
そう思ってしまう。
自分を犠牲にしてでも助けようとしてしまう。
それが優しさだと思っていた部分もある。
でも、本当の優しさが何なのかは、私にもまだ分からない。
突き放すことが優しい場合もある。
そばにいることが優しい場合もある。
厳しいことを言うことが優しい場合もある。
黙って受け止めることが優しい場合もある。
だからこそ、
「これが正しい優しさです」なんて、簡単には言えない。
正しさは、一つじゃない
世の中の人の意見が間違っているわけじゃない。
「お金を渡すだけでは解決にならない」
それも正しい。
「ときには突き放すことも必要」
それも正しい。
「自分を守るために離れることも必要」
それも正しい。
でも、それがその人にとって本当に正しいのかは、その人にしか分からないこともある。
外から見える一部分だけを見て、
「あの人は間違っている」
「あんなことをするのは愛じゃない」
と決めつけることは、私は少し怖いと思う。
その人には、その人にしか分からない事情がある。
その人なりの愛情がある。
その人なりの正しさがある。
もちろん、それが結果として間違った行動になることもある。
でも、
間違った行動をした人=間違った人間
ではないと思う。
私自身が、そうだったから。
私も、まだ途中にいる
私は今でも失敗する。
完璧に人間関係を築けるわけでもない。
誰かを傷つけることもある。
自分の感情に振り回されることもある。
だから、今の私は「人はこうあるべき」なんて言える立場ではないと思っている。
ただ、自分が遠回りしてきたからこそ思う。
人は、変わるまでに時間がかかる。
気づくまでにも時間がかかる。
誰かに助けてもらいながら変わる人もいる。
何度も失敗して、ようやく気づく人もいる。
そして、その途中にいる人を見て、
「もう無理」
と切り捨てるのは簡単だけど、
「どうしたら、この人が自分の足で立てるようになるんだろう」
と考えることもできる。
私はたぶん、これからも後者でいたい。
ただし、自分を犠牲にすることまで「優しさ」と呼ばないようにしたい。
誰かを救うために、自分まで一緒に沈む必要はない。
手を差し伸べることと、自分の人生を差し出すことは違う。
そこは、これから私が学んでいかなければいけないことなんだと思う。
「正しい優しさ」が何なのかは、まだ分からない。
でも少なくとも私は、
人を切り捨てることだけが正しさではない
と思っている。
自分自身が、切られずに何度も手を差し伸べてもらった人間だから。
そして、今の私もまだまだ途中だから。
だから私は、誰かを見て「この人はもうダメ」と簡単には言いたくない。
その人がいつか、自分の足で立てるようになる可能性まで、私が勝手に決めつけたくない。
ただ同時に、
「助けるなら、自分も大切にすること」
それも、これからは覚えていきたいと思う。
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