「信じる」とは何だろう

人を信用するということは、どういうことなのか。

最近、改めて考える機会がありました。

私が幼少期の頃から好きなドラマ『白夜行』の作者、東野圭吾さんの言葉で、こんな文章を見かけました。

『人を信じられない人ほど、信じるの意味を逆に捉えている。
信頼とは、相手を疑わないことではない。
傷つけない人を探すことでも、何があっても信じ抜くことでもありません。
本当に問われるのは相手の誠実さよりも先にあるもの。
ここを理解していないと、小さな違和感ひとつで信頼が崩れてしまいます。

人を信じるとは、この人なら裏切らないという保証を手に入れることではなく、
人の気持ちは変わる。環境も関係も、約束さえ変わることがある。
未来に何が起きるかなんて誰にも分からない。
それでも、この人を信じると自分で選ぶ。
傷つく可能性も含めて、その選択を引き受ける。
それが信じるということです。』

この言葉を読んだ時、「確かにそうだな」と思いました。

信用した自分より、裏切った相手を責めていた

私自身も、今まで何度も人間関係で傷ついてきました。

「信用したから話したのに。」

「ああやって言っていたのは嘘だったのか。」

恋愛でも友人関係でも、裏切られたと感じた時は、いつも相手を責めていました。

信じたいと思った相手ほど、離れることが難しくなることがあります。人との関係で違和感を抱えながらも、自分の気持ちと向き合った経験については、こちらの記事でも書いています。 DVは暴力から始まらない ~私が離れられなかった理由【前編】~

「なんで裏切ったの?」

「どうしてそんなことをしたの?」

そんな言葉ばかりが頭に浮かんでいました。

もちろん、裏切る行為が悪いことに変わりはありません。

でも、東野圭吾さんの言葉を読んで、自分が「信じる」ということを少し勘違いしていたのかもしれないと思いました。

信頼は一人では成り立たない

ただ、私はこの言葉を読んで一つだけ思ったことがあります。

確かに、信頼すると決めたのは自分です。

でも、人間関係は一人で成り立つものではありません。

相手にも、人としての誠実さやモラル、デリカシーは必要です。

どちらか一方だけが努力して成り立つものではないと思っています。

例えば恋愛。

恋愛は、信頼があって初めて成立する関係です。

信頼できない相手とは付き合えないし、付き合えたとしても長くは続きません。

付き合うという約束を交わした時点で、お互いに責任が生まれます。

相手の人生に関わるということ。

その人の現在や未来に入り込ませてもらうということ。

だからこそ、中途半端な気持ちでは関われないと思うのです。

気持ちが変わることは悪いことじゃない

恋愛をしていれば、気持ちが変わることもあります。

それは誰にも止められません。

人の気持ちは変わるものだからです。

でも、本来なら気持ちが変わった時点で、その相手ときちんと向き合うべきだと思います。

別れを選ぶことも、一つの誠実さです。

恋愛では、相手を信じることも大切ですが、自分の感じた違和感を無視しないことも同じくらい大切です。 恋愛で一番信じるべきなのは、自分の違和感だった

しかし、人は案外ずるい生き物です。

次の居場所が見つかるまで。

安心できる環境ができるまで。

そうやって、もう大切にできなくなった相手との関係を手放さずにいる人もいます。

それは相手への優しさではなく、自分を守るための選択です。

信用とは覚悟なのかもしれない

東野圭吾さんの言葉が伝えたかったことは、

「それでも信じると決めるのか。」

という覚悟なのだと思いました。

裏切られる可能性もある。

約束が変わることもある。

人の気持ちが変わることもある。

その全部を理解した上で、それでもこの人を信じると決める。

それが本当の意味での「信用」なのかもしれません。

母親の信用は、愛に近い

そう考えた時に、一番最初に思い浮かんだのは親子関係でした。

母親は、子供を何度信じても裏切られることがあります。

嘘をつかれることもある。

約束を破られることもある。

それでも、何度でも子供を信じようとする人がいます。

もちろん、何でも許すこととは違います。

叱ることもあるし、距離を置くこともあるでしょう。

それでも、「この子を信じたい」という気持ちは簡単にはなくならない。

その姿を見ていると、信用って愛に近いものなのかもしれないと感じます。

私は信用しすぎる人間です

私は、一度「信用すると決めた相手」への信頼が、とても大きくなってしまうタイプです。

明らかな証拠があっても、

「何か理由があったのかもしれない。」

「私が知らない事情があるのかもしれない。」

そんなふうに、自分の中で何度も言い訳を作ってしまいます。

そして、その言い訳が尽きた時。

今まで信用してきた時間や、積み重ねてきたものを思い返してしまい、とても悲しくなります。

最後は、その人から逃げたくなるのです。(笑)

 

── 人を信じたいと思う気持ちは大切ですが、傷ついた経験を一人で整理することは簡単ではありません。
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信用することは、自分で選ぶこと

人を信用するということは、本当はとても難しいことです。

簡単にできるものではありません。

相手を信じることはもちろんですが、それ以上に、

「この人を信じる」と決めた自分の選択に責任を持つこと。

それが信用なのだと思います。

だから私は、これからも人を信用することをやめたいとは思いません。

ただ、「信じる」と「何でも許す」は違う。

「信用」と「執着」も違う。

相手を大切にすることと、自分を失ってしまうことは似ているようで違います。自分の人生を取り戻すことについては、こちらの記事でも書いています。 他人の人生を生きるのをやめた日

その線引きを忘れずに、人と向き合っていきたいと思っています。

 

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グル子

このサイトのメインライター。失敗談から日常のことまで、思いついたことを気ままに書いています。ゆるく更新しているので、気軽にのぞいてもらえたらうれしいです。

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