「私、メンタル弱いんです」と言える人
私は、「私、メンタル弱いんです」と人に言える人は、実は強い人なんじゃないかと思っています。
もちろん、本当に苦しんでいる人がそう話すこともあります。
ただ、私自身は、自分の弱さを人に簡単には言えません。
言わないというより、言えない。
その方が正しい表現かもしれません。
人は本能的に、自分の弱い部分を隠そうとする生き物だと思っています。
だから私は、自分の弱さを簡単に口にできる人を見ると、「この人は案外強い人なのかもしれない」と感じることがあります。
元カレの元カノと話した時の違和感
以前、元カレの元カノと関わるという、なかなかカオスな状況になったことがあります。(笑)
その時、彼女は私にこう言いました。
「グル子さんは強いんですね。」
「私は弱いんです。だから彼にも愛想を尽かされたんですね。」
私はその言葉に、強い違和感を覚えました。
その後、彼女は自分の家庭環境について話し始めました。
虐待を受けて育ったこと。
親から一生消えない傷を負わされたこと。
母親に逮捕歴があること。
本来なら敵視するはずの私に、自分の過去を次々と話してきたのです。
同情を集めるための「弱さ」
もちろん、自分の過去を話すこと自体が悪いとは思いません。
ただ、その時の私は、
「この人は弱い人ではなく、自分の弱さを武器として使える人なんじゃないか」
そう感じました。
相手の同情を引く。
「私は弱いから」と伝えることで、相手に罪悪感を抱かせる。
そうやって人との関係を有利に進めようとする人もいます。
誰かの気を引くためだったり、
同情を集めるためだったり、
自分の過去を免罪符のように使う人は、意外と強い人なんじゃないかと私は思っています。(笑)
私は、自分の弱さを話せない
私は、自分自身と向き合うために過去とも向き合うようになりました。
── 自分と向き合う時間は苦しいこともあります。でも、本や誰かの考え方に触れることで、自分では気付けなかった視点が見つかることもあります。
その過程で苦しくなることもあります。
自暴自棄になる日もあります。
でも、その気持ちを人に話すことは、ほとんどありません。
簡単には言えない。
助けて、とも言えない。
そんな私に対して、人はよく言います。
「グル子さんは強いね。」
そう言われるたびに、余計に弱音を吐けなくなる自分がいました。
強いと思われているから。
しっかりしていると思われているから。
そんな期待を壊したくない。
だから、また笑ってしまう。
自分を守るためには、それしか方法がなかったのかもしれません。
それに正直、「弱いね」と言われるのも嫌でした。
昔から変わらない私の課題
以前の記事でも書いた施設での生活。
中学生だった頃、先生に言われた言葉が今でも忘れられません。
「グル子は芯があって、筋を通す子。」
「決めたことは最後までやり抜く強い子。」
「でも、自分の辛さを人に言えない弱い子でもある。」
「その弱さと、どう向き合うかだね。」
人は、過去にかけられた言葉を何年経っても覚えていることがあります。私が今でも忘れられない祖父の言葉については、こちらでも書いています。 言葉は、人の人生を変える
30歳目前になった今でも、その課題は何ひとつ変わっていません。(笑)
本当の強さとは
私は今でも、「本当の強さって何だろう」と考えることがあります。
弱音を吐かないことが強さなのか。
泣かないことが強さなのか。
最後まで一人で抱え込むことが強さなのか。
きっと違う。
本当の強さは、自分の弱さを受け入れられることなのかもしれません。
助けてと言えること。
苦しいと認められること。
誰かを頼れること。
それも、一つの強さなんだと思います。
私はまだ、それが上手ではありません。
だから今も、この課題と向き合いながら生きています。
いつか胸を張って、
「今日は少ししんどい。」
そう素直に言える自分になれたら。
その時が、今の私にとっての「本当の強さ」なのかもしれません。
一人で抱え込んでしまう人ほど、誰かに話すだけで気持ちが整理できることがあります。話すことも、自分を大切にする一つの方法かもしれません。
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