嫌なことって、なかなか忘れられない。
何年経っても思い出すことがある。
「あのとき、なんであんなことを言われたんだろう」
「どうしてあんなことをされたんだろう」
そんなふうに考え始めると、過去の出来事なのに、またそのときの感情が戻ってくる。
昔の私は、嫌なことがあると、その理由をずっと探していた。
相手はどういうつもりだったのか。
自分に原因があったのか。
何が正しかったのか。
答えが出れば楽になると思っていた。
でも、実際はそうでもなかった。
どれだけ考えても、相手の本当の気持ちは分からない。
過去に戻ってやり直すこともできない。
だったら、
「そういうことがあった」
で終わらせてもいいんじゃないかと思うようになった。
忘れなくてもいい。
それでも、なぜか幸せを選べないことがある。そんな気持ちについても書いたことがある。
分かっているのに、幸せを選べない
許さなくてもいい。
無理に前向きになる必要もない。
ただ、その出来事に必要以上の意味を持たせない。
「この経験があったから私はこういう人間になった」
と、全部の出来事を人生の教訓にしなくてもいい。
嫌なことは、ただ嫌なことだった。
失敗は、ただ失敗だった。
それ以上でも、それ以下でもない。
過去に起きたことを、何度も現在に持ってこない。
それだけでも、少し生きやすくなる。
人に対する熱量を下げることも、生きやすさにつながると思っている。
人に対する熱量を下げると、生きやすくなる
過去を消すことはできない。
でも、これから先の人生まで、過去に決めてもらう必要はない。
人生は、正解を選ぶことより自分の選択を正解にしていくことだと、今は思っている。
人生は正解を選ぶことより自分の選択を正解にしていくこと
最近は、そんなふうに思っている。
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