妊娠が分かった日

高校3年生の夏。

妊娠が発覚した日のことは、今でも鮮明に覚えています。

妊娠検査薬で陽性反応を見た時、真っ先に母へ電話をしました。

その頃は一緒に住んではいませんでしたが、母とは友人のような関係でした。

事情を話し、翌日一緒に産婦人科へ行くことになりました。

病院でも結果は変わりませんでした。

診察室で先生から、

「陽性だね。妊娠してるよ」

そう伝えられました。

病院の帰り道、母とスーパーへ寄った時のことです。

母から、

「グル子はどうしたいの?」

と聞かれました。

不思議なことに、その時の私は迷いませんでした。

「産みたい」

自然とそう答えていました。

母は反対することなく、私の意思を尊重してくれました。


甘かった私の決意

その後は相手との話し合い。

家族への報告。

そして結果的に、私は未婚で出産することになります。

その話はまた別の記事で書こうと思います。

今振り返ると、あの頃の私は何も分かっていませんでした。

子育ての大変さも。

お金のことも。

現実の厳しさも。

ただ、

命を大切にしたい。

若くしてお母さんになりたい。

そんな単純で甘い決意だったと思います。


祖母だけは反対していた

そんな私を見抜いていたのが祖母でした。

祖母は何度も、

「今回は諦めへんか?」

と話をしてきました。

車代も免許代も出してあげる。

今はまだ早いんじゃないか。

そう言っていました。

今なら祖母の気持ちもよく分かります。

妊娠発覚の前日まで、私は毎日のように友達と遊び歩いていました。

夜遅くまで遊ぶことも当たり前。

自由気ままに生きていた17歳の私が、急に母親になれるとは思えなかったのでしょう。

それでも祖母は、私を見捨てませんでした。

両親との相性が悪く、高校生の頃から一緒に暮らし、母親代わりになってくれた人でした。

何度喧嘩しても。

何度裏切っても。

どれだけ迷惑をかけても。

祖母だけは私と向き合い続けてくれました。

だからこそ、そんな祖母にあんな言葉を言わせてしまったことが情けなかったのです。


私が決めた二つの目標

祖母とのやり取りをきっかけに、私は二つの目標を決めました。

一つ目は、

祖母に安心してもらうこと。

そして信用を取り戻すこと。

二つ目は、

いつか祖母に

「出産して良かったな」

と言ってもらうこと。

そして、お腹の中の赤ちゃんが生まれてきた時に、

たくさんの人に祝福され、

たくさんの人に愛されるように、

自分自身が変わることでした。


変わるためにしたこと

まず最初に直したのは巻き舌でした(笑)

「らりるれろ」が巻き舌でしか話せなかった私は、それだけでもかなり苦戦しました。

次に友人関係を整理しました。

子供を守りたいという気持ちが強くなり、ほとんどの悪友との関係を断ちました。

電話番号を変え、

LINEを作り直し、

SNSも全て辞めました。

悪阻が酷かったこともありますが、それまでのように遊び歩くこともなくなりました。

高校卒業も条件だったため、先生へ事情を説明し、卒業までの計画を立ててもらいました。

それまで未提出だったレポートも全て提出しました。

家族と食卓を囲むことも増えました。

祖母や叔母夫婦と積極的に会話をするようにもなりました。

人から見れば当たり前のことかもしれません。

でも当時の私にとっては、大きな変化でした。


人は変われると思う

私はよく、

「人は変われない」

という言葉を耳にします。

でも私はそうは思いません。

この考えは、その後の経験でさらに確信へと変わっていきました。 人は変えられない。でも、自分の人生は変えられる。 ~私がDVから離れられた理由【後編】~

人は変われます。

ただし、

変わらなければいけないと分かっているのに行動しない人は変われない。

変わるチャンスから逃げ続ける人も変われない。

私はそう思っています。

実際、私も変わろうと決めてから楽だったわけではありません。

悪阻が辛くても学校へ通いました。

片道1時間以上かけて通学しました。

卒業するために必死でした。

まだ信用されていない時期は、祖母から厳しい言葉をかけられることもありました。

それでも投げ出しませんでした。

自分が積み重ねてきた行動の結果を受け止めること。

そして行動で示し続けること。

それが信用を取り戻す一番の近道だと思ったからです。


17歳の決断を振り返って

結果として私は、臨月を迎える前に高校を卒業することができました。

友達優先だった生活は家族優先になりました。

応援してくれる家族を大切にしたいと思うようになりました。

母親になった後、私がこの不安とどう向き合ってきたのかも書いています。 家庭環境は繰り返されるのか

そして今、祖母はこう言ってくれます。

「出産して良かったな。あの子がおったから変われたんやで」

あの時の私は、確かに甘かったと思います。

覚悟も責任感も十分ではありませんでした。

でも、祖母との約束を守ろうと努力する中で、

子供を産む覚悟も、

母親になる責任も、

少しずつ身についていったように思います。

そして何より、

誕生を祝福され、

たくさんの人に愛されながら育っている長女の姿を見るたびに、

あの時の決断は間違いではなかったと思えるのです。

母親になってから感じたことや、その後の考えはこちらでも書いています。 "立派な親"をやめた日

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グル子

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